今日で阪神大震災の日からはや10年。震災発生の時刻に合わせて行われた追悼式が、朝のニュースで報道されてました。
もちろん当時直接震災を体験した人間ではないのですが、あの日一日の出来事はまだ記憶に残っています。当時は会社行くのに朝6時に起きていましたが、テレビをつけたら震災が発生した直後。その時点ではただ闇夜に浮かぶ炎が映し出されるだけで、どれくらいの被害なのかまるで分からない状態でした。
続報を気にしつつも会社へ。休み時間でもテレビを見られるような環境に居なかったのですが、別のビルに勤務している友人は昼休みにテレビのニュースを見たようで「なんかとんでもない状態になっている」と電子メールが届いたりしていました。
その後帰宅してからはずっとニュースにかじりつき、テレビを通して惨状を目の当たりにしたのは言うまでもありません。結局その現場を生で見ることはなくて後に神戸を訪れた時はもうほとんど復興していましたが、当時は時刻表を見れば新幹線の新大阪から姫路まではまっ白だったし、出張で博多に行った帰りに駅に寄れば新幹線は全部姫路止まりだし、震災直後の街の状態を地図に表した国土地理院の地図が発行されたのを見たりして、そんなものでも尋常でない事態が起きたことを十分に感じさせられたものでした。
それまで震災と言えば「関東大震災」が引き合いに出されていましたが、正直戦争よりも前に起きた出来事というのは自分にとってはあまり実感が湧かないものでしたね。「火災で死んだ人の方が遥かに多かった」という言葉に引きずられ過ぎて、大地震が来たらとにかく火を消しさえすれば大丈夫、今時の建物はその当時と違ってそう簡単には崩れないでしょ……なんてさえ思っていましたが、そんな考えが大甘だと思い知ったのが阪神大震災でしたね。今の建物だって決して安全ではないし、いろいろな話を聞くと大地震が来たら火の始末どころか、自分の身を守るのも満足にできるのかと思ってしまいます。
阪神よりも地震が多いはずの関東に長年住んでいて、今まで体験した一番大きな地震は震度4(その頃は震度が8段階だったので、今なら5弱くらいかも)です。小学生の頃でしたが、夜中に揺れだしたと思って起きたらその後大きな縦揺れ。その後余震もあって揺れ自体は大したこと無かったのですが揺れる前に「地鳴り」が聞こえてきました。今までで大きな縦揺れも地鳴りを聞いたのも今のところその1回きりで、阪神大震災とは比べものにならない地震ではありますがかなり怖かった思い出があります。
ところで地震に対する備えといったら発生した時の避難(集合)場所を妻と決めているくらい。東京も大地震が来る周期と言われている60年はとっくに過ぎているし、そろそろ非常時の対策をもっときちんと考えておかないとダメですね。
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