最初で最後のあさかぜの旅
今は最後の「さくら」や「あさかぜ」が東海道・山陽をひた走っている頃でしようか。
先日の土曜日夜、「あさかぜ」の乗り納めに出かけてきました。と言っても「さくら」は以前カルテットを利用して乗った事があるものの、あさかぜの方は今まで一度も利用した事が無く、言わば最初で最後の利用となりました。
当日東京駅10番線は、さくらやあさかぜの写真を撮る人でごった返している状態(写真)でした。車販も食堂車も無いので弁当や飲料を買い求めておいた後、あさかぜに乗ってまっ先にラウンジカーへと行き弁当を食べました。発車までラウンジカーは中はごった返しているし外からフラッシュの光を浴びせてくる奴がいるし、どうにも落ち着かない状態が続きます。
タ食後ようやく自分の席へ。B寝台の客は家族連れか鉄ちゃんらしき人ばかりでしたが、意外にも自分と同じボックスにいたのはひとり旅の女性でした。翌日朝になって話す機会があったのですが、てっきりたまたま移動の手段としてこの列車を利用しただけかと思ったらそうではなく、無くなると聞いてわざわざ乗りにきたとのことでした。ちなみに帰りはさくらに乗って帰るという強者でした。
国府津から小田原あたりではもうすぐ3月だというのに雪景色が見られました。その後折角なのでA寝台個室まで足を運び、一部屋だけまだ人がいなくてドアが開いたままの部屋があったのでちょっと撮影。ちなみにA寝台に行く時に通りかかったラウンジカーは、ビデオは据え付けられているしパソコンは広げられているし、鉄ちゃんの前線基地になってました(笑)。
なかなか寝つけなかった夜を過ごし、朝6時に再開した車内放送に起こされ、結局7時半くらいに起床。朝日がまぶしい瀬戸内海(写真)を眺めつつ、朝食は買ってきたパンを寝台で食べます。徳山で「2分停車」とアナウンスがあったので最後尾に移動し撮影に繰り出し、そんなこんなですっかり寝台特急の旅を堪能して下関へと到着しました。

カーブを曲がるあさかぜ(写真)。
下関(写真)に着いた後は九州に渡り、小倉のモノレールと博多の地下鉄七隈線に乗ってこれで九州内の鉄道は沖縄を除いて走破終了。その他かつて出張帰りにスーツ姿のまま乗ったことのある西鉄北九州線の路線跡を歩いたり、度々出張で足を運び、今は移転してすっかり建物が無くなってしまった元客先のあった場所へ行ってみたりして何だか最後は昔を懐かしむ旅になってしまいました。
そしてその日のうちに福岡空港へ行き、お土産の辛子明太子と「ひよこ」のお菓子を買って飛行機に乗り旅行はおしまい。結構充実した週末を過ごしました。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)



九州旅行2日目はハウステンボスへ出掛けてきました。同じ名前の特急列車と駅があるテーマパークですが、駅(写真)自体は割と小ぢんまりとした造りです。駅の周辺にはハウステンボスのお客を受け入れるホテルがいくつか建ち並んでいます。
運河を越えて駅と直結する橋を渡ってハウステンボス入口に向かうと、お出迎えで巨大なチューリップのキャラクター(写真)が迫ってきました。姪っこはこの手の巨大縫いぐるみに若干トラウマがあるようで、怖がって近づこうとしません。
園内はオランダをイメージさせる風車とチューリップの咲きそろう花壇(写真)のマッチした風景を見ることが出来たり、あちこちでカメラを向けたくなるような良い雰囲気の眺めが見られます。多人数が乗れる風変わりな自転車のレンタルも行っているようで、家族で4人乗り自転車をこいでいる姿も見られました。
この日は朝から夜までほぼ1日園内で過ごしました。アトラクションの類いにいまいち物足りなさを感じましたが(ま、どうしても比較相手がディズニーランドになるので酷かもしれませんが)観光地としては行く価値はありかな。ただ人気のあるアトラクションなどは混雑している一方で、広々とした園内の賑わいはいまいちでちょっと淋しかったのが残念。あと、有料の園内だというのに幾つかの道ではホテルのバスや業務用の車などが結構頻繁に行き交い、車に気をつけながら歩く必要があるのが気になりました。
おまけ写真その1:ハウステンボス美術館で行われていたドラマの撮影。「お嬢様学園」というタイトルらしいのですが。
おまけ写真その2:オルゴール館にあった手回しオルゴール用のパンチカード。「鬼畜のテーマ」と「若い時が一番良い」というのがどんな曲なのかとても気になります(笑)。
で、その第一弾が松浦鉄道(写真左)。
路線は大きく有田から伊万里までの路線と伊万里から佐世保までの路線に分かれます。有田-伊万里の路線は乗客数もそこそこ。伊万里は今では西の松浦鉄道(左写真の左側の駅舎)と東のJR(同右側)に線路も駅舎も道路で分断され、両駅ともホームも改札口も地平にあるというのに駅の間には横断歩道が無くて乗り換えにはわざわざ跨線橋を渡らなければならないという鉄道の衰退を象徴する様な造り(^^;)となっています。
伊万里から先、松浦へと進む路線は客がさらに少なくなり、御厨から日本最西端の駅・たびら平戸口までは乗客が私一人になってしまいました。運転手さんに「貸切だね」と言われる始末。この客の少なさはいずれ存続問題へと発展しそうでちょっと不安です。間近に迫る海(写真)が綺麗でした。
鉄ちゃんとしてはかつて吉井、佐々、左石から延びていた支線の廃線跡もチェックしたいところ。特に佐々から伸びる世田原線跡は駅を出てしばらく現在の路線と並走し、やがて西の方へと分かれていく(写真)様子がはっきりと見られます。
第三セクターになってから駅が増え駅間距離が短くなった松浦鉄道ですが、極めつけは佐世保市内の中心、JRの頃からあった中佐世保(写真手前)と道路を横切ってすぐの所に造られた佐世保中央駅で、両駅の間は200メートルしかなく日本で最も短い駅間距離になってます。但し建物密集地の上に線路がカーブをしているため、両駅を一緒に写真に収めることが出来ずちょっと残念。佐世保中央駅はジャスコの裏手にあってアーケード街がすぐ近くにあります。




最近のコメント