銚子日帰り旅行
既に先週のこととなってしまいましたが、@nifty・汽車旅フォーラムのオフにて銚子に出掛けてきました。
毎年年末に行われるこのオフは汽車旅忘年会、略して汽忘会という名前が付いており今年の舞台は銚子電鉄。折しも今日からダイヤ改正で銚子行の特急「しおさい」は新型車両となり、「特急らしいスピード感を感じさせない」「取って付けた様な全面の扉が格好悪い」と大評判(笑)のおたふく特急列車(写真)に乗って銚子へ向かいました。
指定席が満席だったので警戒してましたが、自由席はそれほどの混雑にもならず銚子着。銚子までは近いように見えて結構時間がかかります。
銚子から仲ノ町へ移動し、仲ノ町で特製の硬券1日乗車券を受け取ります。まずは車庫見学ということで、ここ2年ばかり動かしていなかったという「デキ3」(写真)という小型電気機関車の走行デモンストレーションを見物。鉄道模型を見ているような感覚に浸れました。
そして我々はトロッコ車両の「澪つくし号」(写真)に乗り外川に向かうのでした。高校時代に見た車両がいまだ健在なのも驚きですが、今となっては名前の由来もよく分からない(注:昭和60年、銚子を舞台にしたNHK朝の連続テレビ小説のタイトルにちなんでいます)この車両に寒空の中我々はぎっしりと積み込まれ、定期列車とお供の電車の挟みうちの形で沿線住民の見世物になりながらキャベツ畑の広がる沿線を外川目指して進んで行きました。
外川(写真)で定期列車とは切り離され、お供の電車の車内で銚子電鉄職員さん製のつみれ汁とお弁当、そしてヒゲタ・ヤマサの銚子2大メーカーの醤油の味比べのために用意された(なのか?)新鮮なお刺し身の昼食をいただき、しばらくの間まったりと過ごしておりました。

再び定期列車につながれて仲ノ町へと帰還。ここで解散となりましたが私はこの汽忘会の幹事さんやフォーラムマネージャの方々と共に再び犬吠へと向かい、お土産のぬれせんを購入。そしてネタの大きさと新鮮さが評判という回転ずし屋に出掛け、新鮮で大きなネタの寿司を食べました。その中でもひときわネタがでかいビンチョウマグロの寿司(写真)と、やはりここでもヤマサとヒゲタの両方の醤油(写真)があったのが印象的でした。
銚子からの帰りは、こちらもまたまた本日から「しおさい」の車両となる255系。行き帰りで違う車両に乗れて鉄マニア心もとても満たされた旅行でした。
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今日は神栖までの1日復活運転列車に乗ってきました。
スタジアム駅を出た列車は鹿島神宮へ向かう路線と別れ、単調な景色の中をゆっくりと神栖へ向かって走っていきました。線路も途中、信号所の跡があった(写真)他は線路が1本だけひたすら続くといった感じです。その1本しかなかった線路が分岐し、貨物ヤードにさしかかると間もなく神栖駅。コンテナ貨物の車両に阻まれてよく見えなかったかつての旅客ホーム跡を通り過ぎ、一旦貨物ヤードを通過した跡、列車は折り返して車庫のある方へと進んでいきました。
神栖(写真)では車庫にいる車両の撮影会や古い時刻表の展示、グッズの販売などがありました。30分程で神栖から折り返し。鹿島サッカースタジアム駅に戻ると既に第二陣の出発を待つ人たちでホームは溢れかえっていました。
この日はカシマスタジアム周辺では鹿島まつり(写真)も行われていて出店も沢山出ていたのですが、あいにくの雨模様で屋根の無い所では飲み食いが出来なかったのが残念。
そして第二陣の列車に乗った友人を迎えに行った後、東京に帰る前に臨時列車からでは見ることが出来なかった神栖駅の旧旅客ホームを見に出掛けたのですが、残念ながら工事で近辺は立入禁止になっており近づくことは出来ず。昔行ったときにはこんなホーム(写真)を見ることが出来たのですが。
ついでに鹿島港南駅のあった場所(写真)にも足を運びましたが、こちらは跡形もありませんでした。
北京旅行3日目は半日の滞在でしたが、午前中に頤和園へと出掛けてきました。
五道口駅よりタクシーで頤和園(写真)へ。なかなかタクシーが捕まらず難儀しましたが、なんとか確保しました。地図上で見ると駅から頤和園は割とすぐ近くのように見えますがこれがなかなかの遠さ。縮尺は書かれてますがガイドブックの地図は広大な北京の街を見開き1ページに収めているので、距離感が何かと狂います。
そしてガイドブックにはちんまりと描かれている頤和園も実際訪れて見ると半日ではとても回り切れないほどの広さ。その敷地の中で昆明湖のほとりを長廊(写真)を通って往復してきました。
長廊の中心付近で上方に見える仏香閣(写真)。この長廊近辺では改装工事が行われていました。
上海でも見かけた水習字おじさん(写真)が頤和園にも登場。見事な筆さばきで鏡文字を描いています。達筆です。中国古来の文字を愛する(?)おじさんにとって簡体字が幅を効かせる現代は由々しき状況なのかもしれません。
……というのが大変そうだったので、頂上の近くまで運んでくれるロープウェイ(写真)のお世話になることにしました。実にお手軽な万里の長城登頂だこと。
とは言え、ロープウェイの駅から長城の一番高い所までは歩いて行く必要があり(写真)、しかも急勾配のくせに階段になっていない箇所もあるので、この部分だけ上って行くのも結構大変でした。
しかし苦労して上った展望台から見る万里の長城の眺め(写真)はまた格別。長城がどこまでも続いて行く様子が一望出来ます。
帰りは帰りで麓まで一気に滑り降りるコースター(写真)があります。値段は少々高めですが、話のネタにもいい面白い乗り物です。ジェットコースターなみの安全バー装備ですが、遊園地のアトラクションではないのでちゃんとブレーキで速度制御しながら坂を滑り降りていきます。
お陰でその後の予定も大きく狂ってしまったものの、夜は北京市内で北京ダックの夕食(写真)。お腹がすいていたこともあっておいしい料理の数々に舌鼓を打ちました。
北京旅行2日目は万里の長城(八達嶺)の旅でした。北京旅行で万里の長城に行くのは定番ですが、そこまでの足として鉄道を使っていく私たち。しかも北京北駅発が7時24分のため、6時過ぎにはホテルを出るという強行プランになりました。
埃っぽい車両(写真)には1日1本しかない割には多くの乗客がいます。出発したと思ったら早速次の駅で20分停車し、以後複数の駅で繰り返す長時間停車。発車時刻が繰り上げとなった分が各駅での長時間停車に化けているのではと思われる走りっぷりです。
北京の街外れの駅・南口を出ると列車は次第に山の中へと入って行きます。時折り山の中腹や頂上に万里の長城が見える(写真)ようになるのもこのあたりから。
八達領のひとつ手前の駅・青龍橋は広大な中国に張り巡らされた鉄道の中の唯一のスイッチバック駅とのことで、機関車だけがホームの端から端へと移動し(写真)、列車は向きを変えてさらに先へと進んでいきました。
そして八達嶺駅(写真)に到着。我々の他にも多くの観光客が下車して、列車は終着駅に向けて走り去っていきました。土産物屋などが立ち並ぶ万里の長城の登頂口までは徒歩圏内です。ということで万里の長城の話は次回に。
先週中国に出掛けてきたばかりですが、今週もまた妻の妹さんや姪っことともに台風の近づくあいにくの天気の中、今年になってトロッコ「シェルパくん」(写真)が開通したという横川まで日帰り旅行してきました。
そしてトロッコの出発時刻10時が近づくと何処からともなく観光客が集まり、トロッコ駅前は大賑わいに。2両編成の客車は立ち席も出るほどの混雑ぶりでした。整理券はあったものの座席の指定は特に無かったので思い思いの席に座ります。このトロッコ路線は廃止になった信越本線の碓氷峠越えの路線を転用したもので、複線あった線路の下り線だけを利用しています。上り線は現在は線路そのまま残してアスファルトで固め、遊歩道となってます(写真)。
途中、目の前に丸山変電所の建物が残る丸山駅(写真)に停車。以前はこの建物の廃墟と化していたと思いますが、見違えるほど綺麗に整備されてました。
丸山駅から1キロ、新線と旧線が分岐する辺りでトロッコ線も旧信越本線とは分岐して(写真)峠の湯駅の行き止まりホームに到着します。旧信越本線の線路は更に軽井沢方面へ線路がそのまま残っていますが、この先トロッコが走る日が来るのかは興味深いところです。
上り線を転用していた遊歩道もこの辺りから旧線へと移り、めがね橋を目指して更に進んでいきます(写真)。
それはさておき、天安門(写真)広場は広いです。門の東と西側に地下鉄の駅があることからも想像できますがとにかく広々としている。そして観光客も沢山。記念撮影の後で天安門から故宮博物院を歩きました。時間が無いのでひたすら真っすぐ突っ切って行ったのですがこれがまた遠いこと。ガイドブックは北京市内の市街地図を縮尺を小さめにして載せているので天安門も故宮も小ぢんまりと見えてしまうのですが、このイメージが頭にあるとえらくギャップを感じます。
故宮を突っ切った先にある景山公園から見る故宮の眺め(写真)は最高でした。中国の歴史が好きな妻も大喜び(^^)。
その日の夜は「都一処」にて丸いテーブルを囲み。花びらのような形が特徴的なシュウマイ(写真)などの数々の料理を楽しみました。
食事後、再び夜の天安門広場へ。国際博物館の正門には北京オリンピックの電光掲示板(写真)が。グリコのおまけの絵がおちゃらけたようなランナーのシンボルマークが印象的でした。
3連休丸まる使った北京旅行より、先程帰宅しました。
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